4月 21st, 2014

 著者は長年いじめを研究してきた人物ですが、教育学者ではなく社会学者。また、犯罪社会学なども専門にしている人物で、よくある教育学者のいじめ本に比べるとデータや国際比較が豊富であり、社会の構造変化にも目を配っている点が特徴と言えるでしょう。

日 本社会ではいじめは大きな社会問題である。しかし、この場で出されたデータを見ると日本の子どもたちの被害経験者はオランダの半分にも満たない比率であっ た。オランダの数値は、いじめ問題のパイオニアであるノルウェーをもはるかに上回る。しかし、オランダでは大きな社会問題ではないという。むしろ、いじめ が発展して非行や暴力とどうつながっていくのかに行政や社会の関心があるというのである。(6p)


 このようにいじめは日本固有の問題ではなく、少なくとも先進国には共通してみられる問題です。
 日本では80年代の早い時期からいじめ問題がさかんにとり上げられた結果、いじめは日本の「偏差値教育」や「受験戦争」などが生み出す日本固有の問題との見方が強かったですが、上記の引用部分にあるように、いじめは決して日本固有の問題ではないです。

 では、なぜ日本でいじめはこれほどまでに深刻な社会問題として認識されているのか?
 この本で示唆されている答えは三つほどあって、一つは上記の引用文にあるように、日本では「非行」の問題があまり深刻ではないため、いじめがクローズアップされるという点。
 そしてあとの二つは、日本のいじめが「長期型」である点と、学年が上がるにつれいじめの「傍観者」が増えて行く点です。

 日本、イギリス、オランダ、ノルウェーの4カ国の比較において、いじめの被害経験者は日本が最も低い割合ですが、「長期・頻回型」の被害者の占める割合では日本はトップクラスになります。
 またいじめを見て見ぬふりする「傍観者」は、ヨーロッパの国々でも日本と同じように小学校の学年が上がるごとに増え続けますが、中1・中2あたりを境にして減りはじめ、いじめの仲裁しようとする「仲裁者」が増えはじめます。
 ところが、日本では中学生になっても、一貫して「仲裁者」は減り続け、「傍観者」が増えつづけるのです。
 これを著者は次のように書いています。

日 本の子どもたちは、あたかも傍観者として育っていくことが成長であるかのような動きを示している。いつも机を並べているクラスメートがいじめられて悩んで いても、手を差しのべることもせず、見て見ぬふりをするのが大人になることであるかのような発達曲線にも見えてくる。(140p)



 現代社会の分析については、比較的オーソドックスで斬新な視点はありませんし、いじめの解決方法についての具体的な提案は少ないですが、いじめの現状を考えるのにはいい本だと思います。

キリストを信じるな。
キリストの信じたものだけを信じよ。
シャカを見るな。
シャカの見たものだけを見よ。
 by きつかわゆきお
知識を習得することを「考える」ことだと勘違いしている人がいる。知識とは考えるための素材であり、考えることそのものではない。勉強して新しい知識を得ることは大切だが、本当に、その知識を我がものとするには、入ってきた知識を疑ってみて検証してみて判断することが必要だ。そのプロセスが「考える」ということである。単なる知識の量を誇るだけで、中身のない人間にはならないように。

ピリオ●考えるということ

橘川幸夫 ピリオ 2014年4月6日版より

考えるとは、自分の信じているものに迷ってみること。

ピリオ●考えるということ

橘川幸夫 ピリオ 2014年4月6日版より

画力や文章力って評価されやすいけど「構成のうまさ」って気づきにくいんですよね。天才と呼ばれる人達ってこの構成力が完璧で、例えば『カリオストロの城』はなんの紹介もなくセリフもほぼゼロなのに、冒頭だけでルパンが泥棒であること、信頼する仲間がいること、偽札が鍵なことを紹介しきるという。
ずっと『教養があればそこそこ貧乏でも楽しく暮らすことができる』と思っていたのだけど、正しくは『そこそこ貧乏でも楽しく暮らすことができる技術や考え方が教養』なのではないか
男性は自慰行為のネタについて語ることはあっても恋人との行為については話さない、女性はその逆らしい、ということに最近気付いたばかり。
4月 20th, 2014

215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/05/01(月) 00:24:40.75 ID:WUhH3v60O
名字が渡辺の人は節分に豆まきをしなくてもよいらしい

310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/05/01(月) 00:34:35.71 ID:EIaCOIkp0
»215
なんでも頼光四天王の筆頭である渡辺綱が鬼同丸というバケモノを倒したからだそうな。
だから渡辺の一門は豆など使わなくとも鬼を滅すことができるという意味で、
節分に豆を撒かないんだそうな。

過コピペ@2ch 【無駄知識】渡辺さんは節分に豆まきをしなくてもよい 他 (via gkojax) (via ipodstyle) (via quote-over100notes-jp) (via vmconverter)

渡辺綱も鬼だから。鬼を倒せるのは鬼しかいない。桃太郎も金太郎も日本武尊もみんな鬼(もの)。

(via hexe) (via yukiminagawa) (via pipco) (via tra249) (via zaki123) (via megane4141) (via taraba69) (via nagamine7) (via psychedesire)

以前描いていた「働きマン」は、バリバリ働く女性の話でした。読者からいっぱいお手紙をいただいて、「自分も頑張っている」という方も多かったけれど、意外なことに「20代の頃はバリバリ働いていたが、体をこわして今は仕事を休んでいます」という女性が多かったんです。「いまは休職中ですが」とか、「いまは病気療養中ですが懐かしいと思って読んでいます」とか。「働きマン」みたいに頑張って働いたけれど、体力的、精神的に折れてしまって休職せざるを得なくなり、「懐かしく読む部分もあるけれど、ちょっとつらくて読めないときもある」という方もいました。
日本語は「難しい言語」というよりも、「似ている言葉が少ない言語」なのかもしれません。
モノを言わぬより言われた方がマシ
今のクレームの現状を知らない経営者がよく言いがちな言葉である。私もよくこの言葉を上司から言われた。本質は間違ってないと思う。しかしそれはモノ言わぬ客が多勢だった頃の話じゃないだろうか?どんな難癖つけても「貴重なご意見ありがとうございます」と返されれば、本当に貴重な意見を言った気になる人間がいるのだ。

クレーマーの増加は本質を見失うと言いたい。

昔、笑っていいともでタモリが「オレがこうやって(ズボンの)ポケットに手を入れるだけで苦情電話が100件は来るんだぜ」と言ってやってみせた。こんな事で苦情が100件も来る状態で、意義のある苦情が製作者や出演者の耳に届くはずがない。


苦情を言うことが問題だと言ってるではない。苦情は確かにサービスの向上に繋がるひとつの要因となる。しかし何でも苦情という風潮は、本質の問題点を突いている声がサービス側に届かないという事です。

誤解が無いよう言っておきますが、私が実際受けた苦情のほとんどはこちら側に非があり、わざわざ電話をして指摘を下さる事には素直に感謝しています。こういう苦情ならサービスを与える側も大歓迎なのです。
しかしいつ頃からかゴネ得というものが空気感染していった状況を身にしみて感じだしたのです。
今は商品やサービスの苦情というよりかは、態度が悪いや口の利き方が悪いといった内容が多いという。
そういう事を言う客に限って誰よりもマナーやら口の利き方がなってないのはもはや常識である。


「お客様は神様です」の精神は、モノ言わぬ客をクレーマーに、
クレーマーを悪質クレーマーに変えている現状がある。

最近小学校に信じられない要求をしてくる親が増えていると話題になっていたが、その要求の内容を聞いても私は驚きはなかった。飽く事の無い要求を繰り返すクレーマーは必ず公の場でもその本性を現すと思っていたからだ。


悪質クレーマーはもはや職業である。ヤクザや総会屋はそれを自覚しているが、自覚なき一般人の悪質クレーマーが総会屋と変わらぬ状況となってきている。先述の板前の様にならなければ自らそれを止める事はない。彼らを突き動かすのはゴネ得という考えか、それともストレス解消か・・。


神様はまだご慈悲がある。
しかし、今の現状は「お客様は(わがままな)王様」である。


そして明日もどこかの朝礼でお偉いさんが
お客様は神様です。 クレームはラブレターです
と説き、クレーマー界の人材育成にまた一役買っていくのです。
ユーザーは「9」を「お買い得」という感覚と結びつけ、「0」を「品質の高さ」と結びつけます。例えばファーストフードのチェーン店と、高級レストランの価格表を見比べるとそのことがよりはっきりと理解できます。極端な話、9999円と10000円とでは、前者は「お買い得っぽい価格、安い価格」というイメージを与え、後者は「1万円という価格相当の品質」をイメージさせやすい、ということです。
小泉八雲の日本語はかわいいですね。亡くなる時の「私死にましたの、知らせ、いりません。 もし人が尋ねましたならば、 はあ、あれは先ごろ亡くなりました。 それでよいです。 あなた、子供とカルタして遊んで下さい」が好きです。
16: 名無しさん 2014/03/27(木)12:22:47 ID:gPQJnt3UL
富士総合火力演習で大量に弾薬使ってもお前ら何も思わないだろ?
富士総合火力演習は消費期限の近い弾薬を廃棄するのは勿体無いと
廃棄するのなら兵の練度を上げるために使おうってことで行われてる

ミサイルの燃料には金属を酸化させる成分が含まれていていつまでも保管できないんだよ
だから北朝鮮も富士総合火力演習と同様に兵の練度を上げるためにミサイルを放っている

自国の立場上、そういう動きすりゃ何か引き出せるかも知れないし一石二鳥ってわけだな

18: 名無しさん 2014/03/27(木)12:26:09 ID:SyEXyXNPL
»16
つまりゴミ処理ついでの脅しなの?

21: 名無しさん 2014/03/27(木)12:42:24 ID:W1sBxRO2M
»18
そういうこと